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porco-voador:

2009-06-24 18:14:24

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2009-06-24 18:14:24

 意外なのは、ほんの200~300年前まで、ダイヤモンドは硬すぎて加工しにくく、宝石としては「三流の石」扱いだったことだ。16世紀、いちばん高価だったルビーと比べたら1カラットあたりの価格は、8分の1に過ぎなかったとか。

 もともと加工職人や仲買商には、ユダヤ人が多かった。それには、当時のヨーロッパでは、ユダヤ人に対して職業規制が課せられていたことが関係していた。ダイヤは儲けがうすい。だから、働き手は少なく、就労の規制もない。つまり、ほかの人たちがやりたがらなかったわけだ。

 そんな日陰のダイヤが脚光を浴びるのは、17世紀になって、「ブリリアント・カット」なる研磨技術が開発されてからのことだ(開発者にあたる研磨工については諸説あって、特定されていない)。

 しかし、ダイヤの価格は一定しない。19世紀に入って、南アフリカで鉱山が次々と発見されるや、供給過剰となり、価格の暴落を招いた。このとき巨大な資本を注入し、強引に鉱山を束ねて、市場を安定させたのが、ユダヤ人のロスチャイルド家だった。

 そして、20世紀。「ダイヤモンド王」アーネスト・オッペンハイマーが登場する。1880年、ドイツのタバコ商人の子として生まれた彼は、17歳でロンドンのダイヤモンド・ブローカーに入社し、南アで原石の買い付け担当をしたのち、経緯はよくわからないが、金の採掘で得た資産を元手に、1920 年、ダイヤモンド業界に舞い戻り、原石販売のカルテルを構築する。

 彼が歴史に名を残せたのは、過剰となりつつあったダイヤを「希少なもの」に見せかけ、高価格で安定させることに成功したからだ。その手腕は「限りなく詐欺師に近いビジネスマン」ともいわれた。

どちらも最初は見下されていた~『ユダヤ人とダイヤモンド』 守 誠著(評者:朝山 実):日経ビジネスオンライン

ここで「ダイヤ」を他の産業に置き換えたら新しいビジネスになったりするのかね。(独占禁止法に抵触しなければ)

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ちょ、ちょっとタンマ!!
アメリカ人やイギリス人は、何とか勝ったものの
「こんな奴らと二度と戦いたくない」と本気で考えました。
だから、占領政策として日本人が再び手ごわい敵にならないように
「戦争ってとってもいけないことだよ」
「軍隊なんかないほうがいいだよ」
「平和、平和、平和・・・と叫んでいれば、平和になるんだ」
という、国際社会の常識から考えれば嘘八百でしかないことを、
日本人にまじめに教え込んだのです。